エコロジー住宅市民学校は学生ボランティアのみなさんにお手伝いをしていただきながら運営しています。講義録では、学生の視点から講義の内容を振り返ります。ご意見、ご感想お待ちしております。


岩村和夫先生のお話より

関東学院大学 土木工学科 中村昌枝

○ 緑豊かな心地よい空間で生活すること

まず、岩村先生はこのようなことをお話になりました。

「情報としては実際に存在していること、どのようにすればよいのか理解しているけれど、実践ではできない人が大半ではないでしょうか。 私たちはもう緑豊かな心地よい空間で生活することは不可能だと思っていませんか? しかし、そのような生活をしていたのはそんなに昔の話ではないし、そのような生活をすることは可能ではないしょうか。」

昔の話とはいつのことなのか。私が「環境!環境!」と神経質に言われ始め、生活の中で実感し始めたのはごく最近のことです。そのような疑問を抱いていると岩村先生は歴史的に環境いう考え方が生まれたのか語られました。

○ 環境はどのように考えられてきたのか。

「環境問題は産業革命以後の産業界の問題から私たちの生活の問題になってきました。 文明の負の部分が出てきたのです。 1968年にアメリカ人建築家が地球レベルの環境問題として考えるようになりました。(以前は地域や個人の問題として考えられていたようです。) このことがターニングポイントとなったようです。 日本では大阪万博が行われ、通産省により環境という名前の付く設計事務所が3つできました。 また、アレグザンダーが『パターンランゲージ』を確立し、人間都市(参加、自分で作るなど)という考え方ができたのもこの頃です。

そして、1970年代にローマクラブが「宇宙船地球号」で、成長には限界があることを説いたこと、また同じ頃起こったオイルショックにより諸外国との関係によりエネルギーが支えられていることを実感したことから国というマクロの目で環境、省エネを考えなければと考えられるようになりました。

しかし、日本では個人での環境、省エネは金などの問題から馴染まず、それは建築でも変わりませんでした。その後1980年代にバブル期となり、物の価値は土地の値段に還元される時代になりました。 同じ頃、ゲルマンの国では外部の要因は常に変化してコントロールが難しいことから内部コントロールで家の快適空間を手に入れる思想が生まれ、それが現代建築として確立しました。」

日本ではバブル期前に環境のことについて考えられていたなんて意外です。

1970年代になるとドイツでは「人間的にはどうなのか、本当に健康なものとは何なのか?」考えられるようになりまりた。今までの安くて、長持ちがいいという考え方をもう1度考える運動となりました。 いいと思ってきた現代建築を動物的に考えたときに問題点が明らかになりました。

「昔の人は長い期間かけて水、太陽、風などの動きを理解した建築文化をしていた。これは本来の住宅のあり方だ。」と最後に語られました。

○ ドイツ・カッセルの実例

次に岩村先生自身の実体験を交え、ドイツ・カッセルのお話をされました。

1970年代ドイツが東西に分離していたころカッセルは国境付近で土地の値段が安く、過疎でした。そのため市の政策として若い人に良質の住宅を提供していました。 そのカッセルに8家族が集まり、コンセプトを作り、家を建てました。つまり、コーポラティブで家を建てたそうです。

岩村先生はそのときでした実例を挙げ、説明されました。 その特徴として景観の統一と自由性との関係を挙げています。まず、景観の統一として使用する素材、植える植物、壁面緑化などだけ決め、あとは自由に決めたそうです。

確かに、それぞれ個性的な家ばかりで、家をつくることは楽しいことなのだと思いました。 このような住民でルールを作ったところでは時間の経過によるコミュニティーのずれが出てくるそうです。解決するための仕組みをつくることが重要になるそうです。

○ 岩村先生のお話の感想

日本でも最近「環境!環境!」という声を耳にします。しかし、岩村先生の言われていた「環境」とは少し違う気がします。自分の環境は自分で工夫して作っているカッセルの実例を聞いて「うらやましい」と思ったのと同時に、まだまだ日本では浸透していない考えではないかと感じました。

「町の環境は行政が良くしてくれる。家の環境はお金さえ払えばなんとかなる。」と思ってはいないでしょうか。私は本当は違うのではないかと感じました。

そして、冒頭で岩村先生が言われていた「緑豊かな心地よい空間で生活することはそんなに昔の話ではないし、そのような生活をすることは可能ではないしょうか。」という問いかけに、話を聞き終え「もしかしたらそのような環境で生活することは可能なのかもしれない。」と考え直しました。 岩村先生、貴重なお話ありがとうございました。


市民学校主宰 甲斐徹郎のお話より

武蔵工業大学建築学科 鎌田功


■その1:実験1

甲斐さんの話は次のように始まった。

「まずは身の回りの物を触ってみてください。」

参加者は何がなんだか分からぬままに、会場である築150年の民家をさまざまに触り出した。 木の柱、机、畳、留め具の鉄、窓のガラス…。 5分ほど各人が右往左往した後、皆の意見をまとめてみる。

「一番あたたかいところと、つめたいところ。 温度差はどれくらいあると思いますか?」

「5℃」
「1℃」
「8℃」

体感温度の差は違えど、どうやら、同じ部屋の中でも、 部位によって、素材によって、温度差があることを皆が感じたようだ。 そこで甲斐氏は「特殊な温度探知機」(ビーム光線銃のような)を 取り出して測り始める。 が、結果は…、どこもほぼ同じ温度だ。 氏はタネを明かす。

「同じ条件下にあれば、熱の移動が一様に 拡散しそれぞれの温度は同じになる」と。 (何だ!インチキじゃないか!)

しかし、このことは次のような事実を示唆する。 つまり、我々の「暖かい」や「冷たい」の感覚は、 それはある要素(素材)から成り立っているものである (物理的な温度のみで決まるのではなく)。 ゆえに、それら要素を上手に組み合わせることにより、 我々は快適な環境を獲得できる。(ウムッ、筋がとおっている!)

甲斐氏は以上の実験の理論的説明を次のようにする。ポイントは「熱の移動スピード」だ。 私たちは特に何もしていなくても常に体から熱を発している。 実験のように指が何かに触れたときも然りだ。

その時、 放流するスピードが速いと…………涼しいと感じる(例えば鉄)
      放流するスピードがゆっくりだと…アツイと感じる(例えば木)

 …以上が実験1の舞台裏だ!

さて、こうして、実際に「温度」が同じでも身体の「感覚」は 異なるということがわかった。つまり、我々の快適は温度だけで 決まるのではない! それでは、どのような要素で決まるのか?それが次に語られた。


■その2:フィフス・エレメント

甲斐氏は私たちの快適を作り出す要素として5つの要素を挙げた。

1:「気温」

これだけではない。が、一要素であることは事実だ。

2:「気流」

具体的な例として、 熱っつ〜いお茶を飲むときアナタはどうしますか? 「ふー!ふー!」としますよね。 つまり、風を吹くことにより気流の流れをつくり、熱の単位時間あたりの移動を 速くしてやって冷やす。…知ってるんですよね、直感的には。

3:「湿度」

気温30℃湿度40%の日と 気温30℃湿度80%の日と、どちらが洗濯物が良く乾きますか? もちろん前者ですよね。 洗濯物を人間に置き換えます。人間は常に(大小あれど)汗を発していて、 それらが乾く瞬間に熱が奪われます(=涼しく感じます)。 これを「気化熱」といいます。

4:「接触温度」

20℃の空気と20℃の水、どちらの中にいるときが、寒いですか? もちろん、後者ですね。水は体の熱を空気の何倍も多く奪います。

5:「輻射熱」

身の回りの物から発せられる熱によっても、 わたしたちの体感する温度は変わります。 汗だくの人たちに囲まれている状態と氷に囲まれている状態を 比較してみましょう。

 …以上のように、私たち人間はさまざまな要素の組み合わせによって"感じて"います。にもかかわらず、現代における避暑とは…、 クーラーなどにより「気温」ただ一要素を変えることにより 快適さを追おうとしています。 あたかも人間を機械のごとく単純化し扱い、全体性がおざなりにされ、 それで本当に快適なのだろうか?


■その3:実演2

ここで、甲斐さんは私たちをまた引っ張り出します。 (本当に「学校」という名からは程遠い印象です。 まるで私たち自らが住処を探すのを、 甲斐さんが援護してくれているという印象です)さきほどの「輻射熱」を体感します。

まずはアスファルト。さきほどのビーム光線銃(…型の温度計測器)再登場です。 どのくらいだと思います?…この日はやや雲がかっていましたが、 それでも40℃もありました。(炎天下ではナント70℃!ほどまで上がるという)

次に、木の下に行きます。甲斐さんはこう言います。

「犬や猫になった気持ちで」と。

「ワンワン、ニャー!」 …木の下にみんな入ります。自然と顔がほころぶのを感じます。 フツーにキモチイイです。忘れていたものを思い出します…。温度は…26℃くらいです。これが「輻射熱」です。フクシャネツはキモチイイです。

さて、部屋に戻って、まとめます。 私たちはよくこう言います。「夏、暑いですねー!」と。 しかし、ここまできた人にはこれがマチガイだとすぐわかります。 それは、単にその場所が熱いだけです (きっと、炎天下のアスファルトの上、立ち話でもしてたのでしょうね)。 逆にいえば、 「私たちは意図的に環境をつくれる!」といえます。


■その4:いろいろと

さて、この後、スライドを使って、 いくつかの事例や伝統的集落の話など続きます。 また、今後の市民学校の予告編も紹介されます(楽しそう…ワクワク!)。 この辺りは、当日来た人のお楽しみです。

こうして講義は、終盤、まとめへと入っていきます。 今日一日で、私たちはいくつかの実体験をしました。 また、それらは、単にバラバラの事象として体験されるだけでなく、 背後には一貫した理論が流れていることも教えていただきました。 これらを踏まえ、甲斐さんの話は”あるひとつの提案”へと収束していきます。


■その5:コミュニティ・ベネフィット

今日の講義に対する僕の感想から述べます。 僕は、甲斐さんの「強制しない」姿勢にポイントがあると思いました。

その4のスライドで”さまざまな事例”が挙げられます。 豪華絢爛な”億ション”だったり、孤立した家族の姿だったり、 隣人と関係を持たない町だったり…。 それらは、無批判なマスコミ的観点から考えてみても、 必ずしもほめられない…、 あるいは、話題づくりの数字主義的ジャーナリスティックにかかれば、 瞬時に批判の対象にさらされるような、 ある意味で現代を象徴する宿痾です。
 
しかし、甲斐さんはそれらに対して、 「いいじゃないか」とおっしゃいました。 「しょうがない。」「認めよう」「認めたうえで、考えよう」と。

僕は、この辺りが徹底的に新しいと感じました。

今まであったエコロジー運動にいくつかの欠点があるとするなら、 このエゴイスティックな存在である私たちの本性を本性として 認めなかったところにあるのかもしれません。「自然守ろう!」と 言っている本人の生活が「自然に優しくない」都会的生活だったり…

私たちは、エコロジーでもありたい(今日の講座でこれは実感!) しかし、と同じに、あるいはそれ以前に、 私たちは、エゴイスティックだ。

この講座の基本戦略でもある「コミュニティ・ベネフィット」 というコンセプトは、以上に尽きるように思います。

私たちは、自然環境に恵まれた、自然と共存した、 そうした住環境を手に入れたい。それらはクーラーはじめさまざまな機械的空調設備によって 萎えさせられた我々の生の身体感覚を奮い立たせる。それらは、明らかに最高位に豊かだ。

私たちは豊かさを手に入れたい。 エゴを満たしたい。 そのためには自然が必要だ。 それらはエコロジーを促す。
エゴとエコがここに結実する。 これが「コミュニティ・ベネフィット」の基本原理だ。


「コミュニティ・ベネフィット」について詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください

甲斐徹郎 『「私的な住まいづくり」と「地域環境の創造」を結びつける事業戦略』

http://www.teamnet.co.jp/teamnet/vision.html


●今回使用した「特殊な温度探知機」(ビーム光線銃のような)「放射温度計」という測定機器です。

この測定機器については下記ホームページをご覧ください。

http://www.sksato.co.jp/text/8261-00.html


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